2026/4/21

感染症領域で築いた成長モデル ― 塩野義製薬の戦略転換と価値創造

当月は塩野義製薬(4507)について、企業概要とカディラの投資見解やエンゲージメント活動を紹介します。

会社の沿革

塩野義製薬は1878年、大阪・道修町に創業した140年以上の歴史を持つ日本を代表する研究開発型製薬企業です。創業者の塩野義三郎氏は1854年に薬種問屋の塩野𠮷兵衛の子として生まれ、24歳のときに独立して「塩野義三郎商店」を創業しました。塩野義三郎商店は1919年に塩野義商店、1943年に塩野義製薬と社名を変え、現在に至っています。

塩野義製薬は1950年代後半から抗菌薬・抗生物質の分野で確固たる地位を築き、感染症領域を事業の核に据えた独自のポジションを確立してきました。1990年代には抗生物質の需要減退を受けて業績が低迷しますが、2003年に高コレステロール血症治療薬、2013年にHIV治療薬を、海外パートナー企業に販売を担ってもらう形でグローバル市場へのアクセスを本格化して着実な成長を遂げてきました。2025年3月期で売上4383億円のうち5割超にあたる2447億円を海外販売からのロイヤリティ収入(主にHIV関連)が占めています。効率の良い事業モデルにより、営業利益率は36%と高採算な収益体質となっています。

手代木社長の経歴と実績

同社の経営体制は、創業から2008年までのほとんどの期間、創業一族の塩野家が経営トップを務めていましたが、2008年に創業家ではない現社長の手代木功氏が就任しました。手代木社長は研究部門や海外駐在を経て、前任の塩野元三社長の下で進められた構造改革に経営企画担当として関与し、現在に続く低分子・感染症にフォーカスする戦略の推進に貢献しました。その手腕が買われて48歳という日本の大手企業としては異例の若さで社長に就任しました。主力品であった高コレステロール血症治療薬のクレストール(一般名:ロスバスタチン)は2016年にアメリカでの特許切れを控えていたことから、海外販売を担っていたアストラゼネカと交渉し、特許が切れる前の2014年からロイヤリティ料率を引き下げる代わりに受取期間を延長する形で契約を変更しました。これによって特許切れによる売上減少フェーズを滑らかにし、その一方で新薬を成長させることでパテントクリフを埋める戦略をとりました。この期間に成長軌道に乗ったのが2013年にアメリカで承認をとれたHIV薬のテビケイ(一般名:ドルテグラビル)です。HIV薬はグラクソ・スミスクライン(GSK)との協業で開発が進められ、販売はGSK子会社のヴィーブヘルスケアが担当し、塩野義製薬はヴィーブ社からロイヤリティ収入を得る形でグローバル展開を行っています。アストラゼネカやGSKとの協力関係を通じて、パテントクリフを巧みに乗り越えて成長軌道を維持した手代木社長の実行力は評価に値すると考えられます。

積極投資による成長フェーズへの転換

2025年に入り、塩野義製薬は、HIVロイヤリティモデルで積み上げたキャッシュを積極的に投資する、攻めの戦略フェーズに入っています。まず2025年5月に日本たばこ産業(2914)(JT)の医薬事業とその子会社であった鳥居薬品(4551)を一括買収し、研究開発の人員拡充と、国内での収益基盤強化を図りました。続く2025年12月には田辺ファーマ(旧・田辺三菱製薬)からALS治療薬のエダラボン事業を取得しました。これは新規薬剤の取得だけでなく、希少疾患領域の事業展開ノウハウの獲得も意図した買収です。さらに、2026年1月にはヴィーブヘルスケアの持分比率を従来の10%から21.7%へと引き上げることを決定しました。これら三案件を合計すると約9000億円規模となり、2025年3月期の総資産が1.5兆円、ネットキャッシュが6200億円だったことを踏まえると、同社にとっては社運を賭けた大型投資となります。

塩野義製薬は感染症の強化に加え、希少疾患領域を第二の柱にする方針を掲げており、今回の大型買収はその方針に沿ったものです。会社側によると3年程前から買収の模索を本格化しており、複数の案件が相次いでまとまったとのことです。JTと鳥居薬品のPMI(買収後の統合作業)は順調に進んでいるようで、そこで得た知見が4月以降に本格化するエダラボン事業の統合プロセスに活用される見込みです。

塩野義製薬が社会に提供する価値

塩野義製薬はグローバルの製薬大手が注力しなくなった低分子技術による感染症領域の薬にフォーカスする戦略で成長を遂げてきた、珍しいタイプの製薬企業です。低分子薬は薬価が低くなりがちであり、また感染症薬は流行状況によって需要が大きく増減するため、安定的に高い収益をあげる難易度が高い領域と言えます。しかし、人類は未だにパンデミックや薬剤耐性菌の発生はゼロにできていないことから、開発を続けることに社会的な意義があると考えられます。塩野義製薬はインフルエンザ治療薬(ゾフルーザ、一般名:バロキサビル)、COVID-19治療薬(ゾコーバ、一般名:エンシトレルビル)、新規抗菌薬(フェトロージャ、一般名:セフィデロコル)など、社会的ニーズの高い感染症薬を開発販売しており、社会の安定に貢献していると評価できます。

また、現在の主力事業であるHIV治療薬のグローバルでのアクセス戦略も注目に値します。HIV患者の多い低所得国、とりわけアフリカ諸国においては、特許の柔軟な運用と原価相当での薬剤供給を通じて患者アクセスを確保している一方、収益の大半は米国をはじめとする先進国市場から得る構造となっています。先進国市場の収益で低所得地域の患者アクセスを支えるこの構造は、事業の持続可能性と社会的意義の両立を実現するモデルとなっています。これは、主にロイヤリティ導出先であるヴィーブヘルスケアの取り組みですが、塩野義製薬は開発者としてその活動における重要な役割を果たしていると評価することができます。

カディラのエンゲージメント

カディラは昨年来、塩野義製薬との対話を積極化し始めています。投資家と製薬会社のIRミーティングでは、ともすると開発パイプラインの話題に終始しがちですが、カディラでは経営戦略やサステナビリティ対応を含めて対話を行うことを意識しています。先般のミーティングでは、同社がキャッシュリッチな財務状態から一転して負債を活用した大型投資へと踏み切った点に着目しており、経営ステージが明確に転換したと認識していることを伝えました。また、感染症領域や医薬品アクセスへの取り組みに象徴される社会性を重視した事業展開についても、強く共感している旨を伝えしました。

塩野義製薬側からは、カディラとの対話を経て、成長戦略の妥当性や開示の満足度への客観的な評価などについて、新たな気づきを得るきっかけになったというフィードバックをいただきました。我々の対話が、同社の経営・開示のあり方を外部の視点から客観的に捉え直す契機となったものと受け止めています。

今後もこうしたエンゲージメントを通じて、塩野義製薬の中長期的な企業価値向上に資する建設的な関係を継続してまいりたいと考えています。

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