
2026年5月、CDP(Carbon Disclosure Project、環境情報開示を促すNGO)は80カ国、約1万1千社のデータに基づく極端気象(豪雨・洪水・熱波など)レポートを公表しました(*1)。
このレポートによると企業が将来想定する極端気象由来の財務損失は世界全体で約8980億ドル(約144兆円)に達します。一方で、企業が報告した実損失は2025年で約29億ドルです。企業が将来想定する損失は現在の約300倍の規模であり、足元の損失は限定的でも、将来への懸念はすでに相当程度高まっていることを示すデータです。また、予測損失の約48%が今後2年以内に顕在化するとされており、設備投資の判断、保険の更新、調達先の選定など、先送りできない意思決定の問題として極端気象リスクは経営の重要議題になっています。
本レポートでは保険についても記載があります。現在の実損失において保険料上昇が占める割合はわずか2%(約2500万ドル)にとどまっており、企業の多くは保険コストの上昇はまだ大きな影響をもたらしていません。しかし、CDPへの開示企業が見込む保険料上昇額は33億ドルと、現在の約130倍の規模の上昇が懸念されています。また、CDPに開示した保険会社149社のうち48%が極端気象を重大な財務リスクと認識しており、将来の気候関連の保険金支払債務として490億ドルを見込んでいます。この数値は家計や公共インフラを含む全契約ベースであるため、前述した企業向けの33億ドルと単純には比較できませんが、保険会社が保険条件の厳格化を見込んでいる中で、企業側の認識がなお限定的にとどまっている可能性は否定できません。
この非対称性は別の数字にも表れています。企業が将来損失として計上する資産減損・早期廃棄は2180億ドルに上る一方、リスクの高い立地における保険利用可能性の低下を定量化している企業はわずか17社(5800万ドル)にとどまります。保険条件の変化は、物理的な損害が発生する前に資金調達や資産の存続可能性に影響を与えうる問題であり、企業の気候リスク管理において見落とされがちな盲点となっています。
極端気象の主因は熱蓄積です。地球は太陽から受け取った熱エネルギーを宇宙へ放射することでバランスを保っていますが、GHGはこの放射を妨げます。GHGは大気中に長期間残留する性質があり、蓄積された熱の影響もすぐには解消されません。世界気象機関(WMO)の最新予測では今後5年内に2024年の過去最高気温を更新する確率が86%と、記録的な高温水準が継続する見通しです。
様々な対策がなされているものの、人類はGHG排出を抑制できずにいます。昨今の地政学的な緊張の高まりが排出抑制をより困難にしています。LNG調達の不安定化を背景に石炭が代替利用される場面もあります。見落とされがちな要因として、戦争・紛争によるGHG排出もあります。ウクライナ戦争は開戦から約3年で累計約2.37億トンのGHGを排出したと推計されており(*2)、2026年初頭のイランへの攻撃はわずか2週間で約505万トンを排出したとされます(*3)。軍・紛争由来の排出量は世界全体の推定5.5%を占めるとされる一方、主要国の多くは開示義務を負っておらず、気候計算に十分反映されていません(*4)。
こうした状況に加え、近年はAIの普及が新たな排出要因として注目されています。データセンターの電力消費はIEAの推計で2024年から2030年にかけて倍増する見通しであり、追加電力のうち40%程度は化石燃料で賄われる可能性があります(*5)。
こうした文脈を投資活動に反映すると、改めて投資先企業の物理リスクへの対応状況を確認する必要があるでしょう。日本企業の多くはTCFDフレームワークに基づく開示を行っており、物理リスクについて一定の管理は行っていると考えられます。しかし、将来の気象条件の悪化を前提としたシナリオの妥当性は企業によってばらつきがあります。保険加入可能性の変化や熱中症による屋外作業時間の制限など、洪水や高潮以外のリスクも高まりつつあることを踏まえると、より多面的な極端気象リスクのシナリオについて企業と議論することが、長期投資家としての役割の一つだと考えています。
また、CDPは「極端気象への適応コストは将来損失の13分の1」という数字を示しており、極端気象への備えに投資することには経済的な合理性があります。国土強靭化の観点からすでに公的投資が進んでいますが、今後も極端気象への備えに関連した投資需要の拡大が見込まれます。こうした分野は社会性の高い投資機会として注目に値します。
防災・減災を重視すべきであることに加え、根本対策であるGHG排出の抑制を推進すべきなことは言うまでもありません。極端気象の深刻化は、気候変動対策の必要性を社会に改めて認識させ、GHG排出削減ソリューションへの関心をさらに高める契機となりえます。その意味において、GHG排出削減分野は引き続き有力な投資対象であると考えます。
(*1)CDP「Extreme Weather Risk is Reshaping the Global Economy」(2026年5月)
https://www.cdp.net/en/press-releases/extreme-weather-risk-is-reshaping-the-global-economy
(*2)Initiative on GHG Accounting of War「Ukraine emissions assessment」(2025年)
https://www.planetarysecurityinitiative.org/news/climate-damage-caused-russias-war-ukraine-1
(*3)Climate and Community Institute「Iran conflict emissions analysis」(2026年3月)
(*4)CEOBS / Scientists for Global Responsibility「Estimating the Military's Global Greenhouse Gas Emissions」(2022年)
(*5)IEA「Energy and AI」(2025年)
https://www.iea.org/reports/energy-and-ai
為替レートは1ドル=160円で換算しています。
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