2026/7/9

AI進化による資産運用業への影響

AIの浸透:急速な普及と成果のギャップ

AIの進化により、資産運用業界は構造的な転換期を迎えつつあります。グローバルの大手運用機関200社を対象とした調査によれば、2024年末時点(*1)では積極的にAIツールを探索・実装していた企業は約10%に過ぎず、残る75%は潜在的価値を認識しながらも活用方法を模索している段階でした。それがわずか一年後の2025年末(*2)には、70%のバイサイド企業がAIをフロントオフィス業務に本番稼働させる段階へと移行しています。ただし、複数の業務領域にAIを展開し、ROIが計測可能な「成熟段階」に達している企業は17%にとどまっており、「導入」と「成果」の間にはまだ大きなギャップが存在しています。業界全体として、AIを本格的に活用し始めた段階であると同時に、その実効性がこれから問われる局面でもあります。

日本においても、金融庁が2024年10〜11月に実施した調査では、生成AIを資産運用高度化に活用している企業は約10%前後にとどまっています(*3)。これは上述の同時期(2024年末)に調査されたグローバルの数値と近似しており、日本市場もグローバルと同様の初期段階にあったことが示唆されます。その後のアップデート調査は現時点では存在しませんが、2025年末にはグローバルで70%まで急拡大した調査結果を踏まえれば、日本においても同様の加速が進んでいる可能性は十分に考えられます。

過去の教訓:インターネット普及が変えた差別化の源泉

こうした変化を考えるうえで、過去のインターネット普及の経験が参考になります。インターネット普及以前は、財務情報の取得自体がコストを伴うものでした。米国ではSECへの電子開示(EDGAR)が義務化された1990年代半ばまで、商業データフィードの購読かSECのリファレンスルームへの物理的な来訪でしか企業の開示書類にアクセスする手段がなく、最大手の機関投資家のみがタイムリーなアクセスを有していました(*4)。日本においても同様で、有価証券報告書は冊子として購入しデータを手作業で入力するのが常であり、書棚のスペースや人員リソースの制約から分析できる企業数は自ずと限られていました。分析するかしないかは、能力の問題だけではなく、リソースを投入できるかどうかの問題でもありました。

インターネットの普及と電子開示の整備によって情報取得コストが大幅に低下すると、大手・小規模を問わず多くの運用会社が競合と同じ情報に同じタイミングでアクセスできるようになりました。情報の優位性がなくなった結果、差別化の源泉は「情報の入手」から「情報をいかに速く処理し、深く解釈するか」へと移行しました。AIは今度この「処理と解釈」の工程に同様の平準化をもたらす可能性があります。

運用業務フローへの影響:中間工程の自動化と両端の重要性

資産運用の業務フローは、投資哲学の確立からはじまり、投資仮説の構築、調査、分析、投資判断、ポートフォリオ管理といった中間工程を経て、投資先企業とのエンゲージメントへと連なります。このうち中間工程は業務が比較的定型化されており、AIによる効率化・自動化の余地が特に大きい領域です。マッキンゼーの試算によれば、ポートフォリオマネージャー向けのAIコパイロットといった高インパクトな活用領域では、25〜40%の生産性向上が見込まれています(*5)。中間工程の自動化が進むにつれ、人間が付加価値を発揮すべき領域は両端、すなわち上流の投資哲学の構築と、下流の企業との深いエンゲージメントへと収斂していく可能性が高いと考えます。これは製造業の分析などで見られる「スマイルカーブ」に似た構造といえます。

留意点:導入と成果の間にある壁

一方で、楽観的に捉えすぎることにも慎重であるべきです。マッキンゼーによれば、過去5年間でアセットマネージャーのマージンは北米で3ポイント、欧州で5ポイント低下しており、テクノロジー投資は増加し続けているにもかかわらず生産性向上には必ずしも結びついてきませんでした(*5)。AIの活用もまた、単に導入するだけでは不十分であり、業務フローの再設計と組み合わせて初めて実質的な価値が生まれます。差別化の源泉が移行しつつある今、運用会社に求められるのは変化に対してオープンな姿勢で試行を重ねながら、何が本質的な付加価値であるかを問い続けることだと思います。

おわりに

インベストメントチェーンに連なる資産運用会社・企業IR・機関投資家など多様なプレイヤーが知見を持ち寄り、テクノロジー進化を活かしたよりよいエコシステムの構築を模索することが、この局面において求められています。当社自身も変化に対してオープンな姿勢で試行を重ねながら、長期投資家としての判断の質を高めてまいりたいと考えています。

*1 SimCorp「Perspectives from 200 Global Buy-Side Operations Leaders」

  https://www2.simcorp.com/investops2025

*2 SimCorp「The AI race in 2026: Building foundations for a lasting advantage」

  https://www2.simcorp.com/investops2026

*3 金融庁「AIディスカッションペーパー(第1.1版)」(2026年3月)

  https://www.fsa.go.jp/news/r7/sonota/20260303/aidp_version1.1.pdf

*4 Chang, Ljungqvist, and Tseng「Do Corporate Disclosures Constrain Strategic Analyst Behavior?」(The Review of Financial Studies, 2023年)

  https://ssrn.com/abstract=3579466

*5 McKinsey & Company「How AI could reshape the economics of the asset management industry」(2025年7月)

  https://www.mckinsey.com/industries/financial-services/our-insights/how-ai-could-reshape-the-economics-of-the-asset-management-industry

Learn More

お知らせ一覧へ

重要説明事項:

本ウェブサイトのコンテンツはカディラキャピタルマネジメント株式会社が情報提供のみを目的として作成したものであり、金融商品取引法に基づく開示書類ではありません。また有価証券の取引を勧誘する目的で提供されるものではありません。カディラキャピタルマネジメント株式会社は、本ウェブサイトのコンテンツに含まれた数値、情報、意見、その他の記述の正確性、完全性、妥当性等を保証するものではなく、当該数値、情報、意見、その他の記述を使用した、またはこれらに依拠したことに基づく損害、損失または結果についても何ら補償するものではありません。ここに記載された内容は作成時点のものであり、今後予告することなしに変更されることもあります。また、過去の実績に関する数値等は、将来の結果をお約束するものではありません。このウェブサイトの著作権はカディラキャピタルマネジメント株式会社に属し、その目的を問わず書面による承諾を得ることなく引用または複製することを禁じます。